3・11

今日は3月11日

以下は、2年前の「今日」から2週間ほど経ち、私が仕事を再開した時のメッセージです。

震災からちょうど2週間が過ぎました。

揺れの恐怖、様々な物的被害、真っ暗な夜、出ない水道・・・・・

やっとついたテレビの画面に映し出されたのは、想像を絶する世界でした。

その後、余震、原発事故、計画停電、放射性物質の検出、これでもか、これでもかという様に、次々に訪れる復興を阻む数々の出来ごと。

元気が売りの私も相当のストレスを感じています。

娘は20日まで仕事で大阪です。父親と二人でいる孫のケアもあり、地震発生から数日後、車で娘の家に向かいました。

車の中で聞く地震のニュースの間にラジオから初めて流れたピアノの音。

聴きながら、地震後初めて涙が出てきました。

毎日音楽漬けの生活が一変し、ただただ「生きる」だけの数日でした。

「音楽は必要だ!!」

2時間半並んでやっとガソリンを満タンにした日、気分転換につくば市内の「みずほの村市場」

という所に孫を連れて行きました。

ちょうど彼岸の入りです。市場でまず目に入ったのは、沢山の花たちでした。

「花!!」

また涙が出そうになりました。花々のなんと鮮やかで美しいことか!!

特に赤い花は、震災後の色の無い世界の中にいた私の心に強烈に映りました。

音楽、花、美しいものたち―

心配して連絡をくれた舞台照明家の成瀬一裕氏も「人はパンだけじゃ生きられないんだよ。もう少ししたら、また僕たちは、必ず必要になる。頑張ろう。」と言ってくれました。

生徒の家にしばらく教室を休む連絡をすると、

「今夜はおどろう(中止になった発表会で歌う予定だった曲)を毎日歌ってますよ」

「こどもの歌声に癒されてます」

「明日、ピアノあるかなあって言ってるんですよ」

など、子供たちはレッスンを心待ちにしているようでした。

 

「なるべく早くレッスンを再開して、明るい花と、笑顔と声と、優しいピアノの音で子供たちを迎えよう」

それが私の役目だと思い、水道が復旧するとすぐに、皆さんにレッスン再開の連絡をしました。

クリエを巣立った子供たちが、大人になって訪ねてくれることがあります。

「懐かしい~!!」

「楽しかったんだよね~・・・・・」

縁があって門をたたいてくれた子供たちに、出来るだけの愛情を注ぎ、包み込んであげること。  子供たちの心にKurie Srpiritを伝えること。

それが、広く長い意味で、私が復興に貢献できることであると今は思っています。

この記事を書いた人

kurie1992